2004年の黒鯛釣果(5月18日)

場 所
天 気
潮回り 満 潮 干 潮 開 始 納 竿 同行者 釣 果
5/18
ながとこ&
宮島
曇り 大潮 13:37 7:56 4:30頃 13:30 1 1
 乗っ込み期2度目の男鹿。今回こそは釣ってやる!との意気込みで青森を出発。前日は夕方まで雨だったが、回復傾向にあり、この日は曇りから始まって昼ごろには晴れに向かうと思われ、多少、波が高そうなのを除いて、天気は問題ナシとみた。
 戸賀港に午前3時過ぎに到着してみると、思いの外、風が強い。南西の風10mは越えていそうだ。む、計算が少し違う。

 江畑船長が現れ、早速、情報収集。「おはようございます。風が強そうですね。釣れているところありますか?」「ん、ある。オメ、どごがら来た?」「青森です(もうそろそろ顔を覚えて貰ってもいいんだけどな:笑)」「何人だ?ん?二人。いがべ、いいどごさ連れていが。釣れでらど。そいがら、今日は南西の風が吹ぐがら、それば避けで釣らねどな」「うわぁ、ありがたい。お願いします」

 相棒のT井氏に「船長が任せろ、だってよ」「へぇ〜、そりゃ、嬉しい」「お墨付きの場所だから、この際、任せるべ」「ハイ」

 果たして、どこに上げてくれるのか知らされないまま、船は港を出た。風も強いが波も凄い。波高3mほどに思われる。ものすごいウネリだ。我々には容赦なく波しぶきが降りかかり、雨も降っていないのに、もう、びしょ濡れである。船の上下動は激しく、渡礁時の注意をT井氏に伝えた。「上がる時、気をつけないとヤバイかも。慎重に上がるベシ」
 船長から「次、オメ達だ。準備せ!」と合図が出た。見ると、なぁ〜んと、前回釣行でT井氏が上陸した「ながとこ」だった。男鹿二度目の彼は「どへへ〜、また、ながとこだぁ〜」と泣きが入っている(笑)。ただし、今日ほどの荒れ模様だと、渡礁できる島が限られる。仕方無いが、上がることにした。途中、根太島に二人下ろしたが、渡礁危険レベル9(最大レベルを10として)ほどか。断念した者が4名ほど居て、本日の波がハンパじゃない事を知った。何しろ、海面が我々の目線の上になることがあり無理は禁物だ。

 そんな中、ながとこが迫ってきた。チャカに上がり、渡ろうとした時、うかつにも転んでしまった。気をつけたはずなのにぃ〜。右足のスネ(弁慶の泣き所)を思いきり岩場に打ち付けてしまい、ズキンズキンと痛みが走った。心配してくれるT井氏に「大丈夫」と返事して、釣り座の選定と支度に取りかかる。
 釣り根性が痛みに勝った……と書けば、カッコ付けすぎか(笑)。実のところ、ウエアの下で足のスネがどのようになっているのかを知るのが怖くて、少しでも忘れようとしてコマセ作りに励んだのは事実である。その支度が終わり、怖いもの見たさに、恐る恐るズボンをたくしあげてみた。
 ドッシェ〜〜、ひどく腫れている。打ち付けた部分から血がにじみ、見事な青タンが出来ている。ワインボトルのようにあれほど細かったのに、今は、サントリー・オールドのようなズングリむっくりした醜い太さになっている(笑:サントリー関係者、許してください)。見るからに膨張し、パンパンだ。リハビリを兼ねて、屈伸をしたり、コンコンとステップを踏んだりしてみる。が、痛いものは痛い。

 見たものを忘れるため、釣りに専念することにした。しかし、波が高いことから、大波が押し寄せる場所もあり、そこを避けられて釣れる場所を選定。T井氏は、おいしい場所を見つけたらしく、私と背中合わせで少し高い岩場に陣取った。ところが、ものの30分もしないうちに危なくなってきたため、私の右隣に退避してきた。

(下へ続く)

フォトギャラリー
↑午前5時40分、アイナメと間違われた本命が顔を出しました。先週、大きめの真鯛を見てるためか、小さく感じました。 ↑シケてきたので、ながとこを撤収し、他の島に移る事になった。朝一番で5名が上陸して、全員が離れる事に。 ↑午前6時半過ぎ、宮島北東側に移動。ココは強い風を背中に受けて竿出し可能だが、海底の状況に苦戦する。赤印は私の釣り座。
↑同行者T井氏が睡眠不足から目に異常を覚え、約1時間ほど、仮眠。その間にでかいのを釣って驚かそうと思ったのだが(笑)。 ↑右上写真のポイントを撮影した場所に釣り座を変えた。足下が平らでケガをした足の負担を軽減できた。 ↑甦ったT井氏が第2R…いや、第3Rを開始。残念ながら、今釣行でも結果を出せず、落胆。男鹿磯に良い思い出を作って欲しい。
↑前方に電柱島。まさしく電柱が建っているから、この名になった。一度は上がって、釣ってみたい島でもある。今日のようなシケは、当然、渡船は無理。 ↑左写真、電柱島から伸びた電線が私の釣り座近くの電柱に繋がってました。相当な高さがあるので竿が触れて感電する事は無いでしょ、おそらく。 ↑同じく左写真の電柱から、あの白い灯台に伸びています。海の上を電線がリレーされているといった風景はあまり見たことがないので、ちょっと面白い風景だと思います。
↑一貫して一つのポイントに釣り座を構えたT井氏。はるか前方に見える“赤とう”で3枚も上がってたとはなぁ〜。船長のアドバイスに同調してあそこに上がってればな。 ↑弁慶の泣き所をやりました。翌日、傷口から男鹿の小石を摘出(笑)。バイ菌感染し、叶姉妹(化膿、と引っかけてます)のオッ○イみたいにパンパンに腫れてました(笑)。 ↑思いの外、サイズがあった。33センチは嬉しい。てっきり25も無いと思った。ホントはリリースするつもりが、カラスの攻撃で弱ってしまい、持ち帰った。
 (上から続く)
 ながとこの陸向きで釣り座を構え、やや速いスピードでウキが左に流れるのに合わせてコマセを投入していたところ、開始して約1時間ほどした時、スゥ〜と沈んだ。それまでにも何度か、消し込んでいたので、何かが居ると期待していたのだ。ターゲットは力強く竿を曲げ、グイグイとアタマを降って下に向かって逃げようとした。あれ?アイナメっぽいな、と思った私は引きを楽しもうと、ドラグをゆるめて、半分遊び感覚でリールを巻いた。まもなくして正体を表したターゲットにビックリ。ギラギラ光る銀鱗ではないか。遊んでる場合じゃないわいと、急いでタモ網を差し出した。ゲット・タイム午前5時40分だった。

 手元に引き寄せた魚体はあまり大きくないが、本命であることには間違いない。痛い足のことをこの瞬間だけ忘れ、連敗をストップ出来た事を素直に喜んだ。すぐさまコマセを投入し、次の二枚目を狙って、神経を集中させたが、背後からドドォ〜!!と大波が押し寄せるほどに波は成長しており、身の危険すら感じるようになってきた。そこへ一緒に上陸した二人組が戻りたい旨の連絡を入れ、迎えに来た船が帰り際「オメ達、ヤバかったら島替えしてもエエんだぞ。宮島さ、上げでもイイど」とスピーカーで鳴らした事から、船長のアドバイスに従って、宮島移動を決断。急いで、荷物をまとめて、ながとこを撤収した。

 もはや、この時点で南西の風は13〜15mほどになり、海も白波だらけだった。

 初めて経験する“磯替え”。一回の釣行で、二箇所のポイントを体験出来る事にやや得した気分になっていた(なお、今回の磯替えは船長の取り計らいから、通常の2000円で良しとなりました。磯替えするとホントはプラス1000円。ありがとう、江畑船長)。
 しかし、普通の磯替えは魚の状況が悪いから替えるのであって、我々のように気象状況から替えるとなると話が違う。入れるポイントは条件付きで、既にその辺は人が入っていた。宮島の北東側に釣り座を構えた。
 電柱島との間の水道はかなり濁りが入っており、この流れの中にウキを流して、どうにか釣れればいいかなと開始してみたが、水深がなくて、藻が茂って、沈み根も点在しており、地球釣りのラッシュとなった。2月、同所北西側で4個のウキをロストしたのだが、今日は更に2個追加の合計6個、“浮き名”を流すハメとなる(泣)。引っ掛かるのは仕方の無い事だが、簡単にプッツンする道糸の品質に疑問を持ち始めている。○○社の○○(1.75号、金色に近い黄色)は、もう使いたくなくなった。

 午後2時の迎えまで、釣果を出すことなく納竿。ボウズ逃れの一枚を釣ったのは嬉しいが、モヤモヤした胸の内と共に乗船した。
 「どんですか?どこか釣れましたか?」「ん〜、赤とう(赤い灯台)で一人3メ(3枚)上げでらな」
 ナニョ〜〜〜、参ったなぁ。ながとこから磯替えする際、船長に「宮島の他に赤とうさ、上げでもいいど」と言われていたのだ。
 あとで後悔しても仕方がない。赤とうに上がったからと言って、自分に釣れてたわけでもない。ともあれ、今回もいろいろなハプニングがあった釣行となった。なお、帰宅後(既に病院は終わっていたため)足の応急処置を自分で行い、翌日、外科を受診した。
 レントゲン撮影をし、最も心配された骨のヒビだったが、幸いにも骨は大丈夫で、強い打撲から内出血が激しいのと、傷口に小石が入り込み、バイ菌がそこから侵入して化膿してて炎症を起こしていた。当分は右足を引きずった生活となりそうだ。
 なお、医師との会話の中で「ところでお魚は釣れましたか?」に「ハイ、なんとか、釣ることはできました。多少、それで痛いと思う気持ちが救われました」「アッハッハ」がありました。
 皆さまも磯釣りに限らず、アウトドアの際は十分、ケガなどにはお気をつけください(笑)。

 ※男鹿、乗っ込み情報
 週末にクロカラのハナレで40センチ越え6枚の釣果。同じくクロカラで複数枚。黒島で8枚。陸ながとこも釣果有り。水温15℃弱。エサ取り穏やか。土日(15、16日)はあちこちで良く釣れた模様。