あすぱむ徒然草

日 時
03/06〜08
 伊達参り2005年3月
 1年に二度の伊達参りがやってきました。今回は中学を卒業する娘のお祝いも兼ねて、一泊多い二泊三日の旅。仙台市秋保温泉と気仙沼市に泊まって、卒業観光旅行をしてきました。三日目に少し雨が降ったものの、ほぼ快晴に恵まれ、楽しく終えることができました。
↑磊々峡を真下に望み、対峙するように前方の崖には旅館が立ち並ぶ秋保温泉。
↑我々は秋保グランドホテルに宿泊。日曜日にも関わらず、意外に宿泊者が多かった。
↑こちらは同ホテルの紅葉城。地下1階「伊達の湯」は大いに満喫しました。
気仙沼市・岩井崎
↑風光明媚なことから、季節が違えば、たくさんの人で賑わいを見せると思われる。第9代横綱、秀の山雷五郎の銅像がイエェ〜イして出迎えて・・・いや、違うか、駐車場から向かう時点では背中を向けてるなぁ〜。ま、ともかく歓迎してくれてます。
↑岩肌が鋭利な形をしており、地獄の剣の山に似ている事からそう呼ばれるようになったが、仙台藩主伊達吉村公が「気の毒だ」として「祝崎」にし、後に「岩井崎」と変化。
↑荒波が打ち寄せると岩孔から勢いよく海水を吹き出すため“潮吹き岩”とも呼ばれる。10mの高さになる事もあるらしいが、今日は凪だったのでいまいち迫力不足だった。
↑今はまだようやく冬が終わったばかりなため、ポツポツと人が居るのみだった。でも、青森から比べると、すっかり春の雰囲気。うらやましい。
↑見晴らしの良い高台に建つホテル気仙沼プラザに宿泊。専用のエレベーターで「お魚市場」に降りられる。
↑気仙沼湾に浮かぶ大島との間を25分で結ぶカーフェリーが、約1時間置きに運航している。今度は大島に渡ってみたいなぁ〜。
↑今回の夕食は、お部屋で食べられるタイプでした。漁業の町だけあって新鮮な海の幸が盛り沢山。とっても満足しました。
↑大きな河のように見えるが、海、気仙沼湾です。細長い湾状になっており、両岸にたくさんの港湾施設が並んでいます。青森ではほとんど見かけない景色ですね。まさにこれがリアス式海岸といってイイでしょ。
↑日本国内でも有数の気仙沼漁港。中でもサメの水揚げ量は日本一を誇ります。フカヒレは超有名。今は時期的に閑散期なようで、係留中の漁船の数も少なめでしたが、全国各地(北海道・根室、富山等)からの船も見受けられました。観光客用に、漁港の中央付近には展望所があり、眺めが良かったです。右の二つの写真は、その展望所から撮影しました。

気仙沼市・リアスシャークミュージアム
 サメの博物館(リアスシャークミュージアム)を見てみました。いろんなサメの特性など、勉強になりましたが、私の目を引いたのは、英語名と和名の微妙なズレ。例えば、Tiger Sharkがイタチザメ、Salmon sharkがネズミザメ、Cat sharkがトラザメ、Whale Sharkがジンベエザメなんですよねぇ〜(笑)。そんなつまらないことに注目して帰ってきたのかと、言わないでください。よく考えれば考えるほど眠れなくなるんです。
↑1階が海鮮市場、レストラン、2階にサメの博物館などとなっています。
↑入り口。大人400円、中・高校生300円、小学生100円。休館日は不定休だそうですので、観覧の際は電話等でお尋ねください。
↑中に入ると、いきなり、ホホジロザメがお出迎え。なかなか迫力がありましたが、注文をつけるなら、電動で動けばいいのになぁ〜と思いました。
↑ホホジロザメの下には、腹の中から出てきたという動物の骨や、ゴミなどが展示されていました。
↑ブラックチャップリーフシャークが悠々と泳ぐ水槽。
↑魚類の中では最大のサイズを誇るが、性格は至っておとなしいジンベエザメ。
↑タッチプール・コーナー。係員に「頭を撫でるとおとなしいよ」と言われ、恐る恐るタッチしては大はしゃぎしてました。
↑映画「JAWS」でも出てきた檻。頑丈そうですが、中に入るのは嫌です。
↑大人も簡単に食べられそうなでっかい口。食われるよりは、食う立場になりたい。
↑意外なところで、メジャーリーグと遭遇しました。1990年に気仙沼、塩竈、石巻がシアトルと姉妹港の提携を結んだのだそうですが、シアトル港湾局の協力で、マリナーズから寄贈されたそうです。

釜石市・釜石大観音
↑像の高さ48.5m、1970年に完成の釜石大観音。らせん階段を登って、おなかに抱えた鯛の展墓所まで、途中、拝んで歩くと(七福神胎内巡り)、観音の慈愛により、七難即滅、七福即生を受けられるそうです。ワタクシ、早速、コレをやってきました。約140段の階段は、最近、運動不足の身に応えました。ヒザがガクガクと笑ってました。
↑交通安全祈願所。
↑インド・スリランカ様式の仏舎利塔。
↑まもなく魚籃展望台に到着。ココは海抜120mだそうで、ビルに換算すると約55階。
↑仏舎利塔が小さく見え、観音像の影が眼下に〜。見晴らしサイコーでした。
↑落ちては大変と、しっかり防備されてました。あんまり広くないので、大勢がひしめくようでは展望も辛いかも。
↑下で見る表情と間近で見るそれとでは、違っていた。なんか男っぽく思いませんか?

釜石市・鉄の歴史館
↑こちらが正面です。
↑釜石製鐵所専用鉄道として明治13年に日本で3番目に運行を開始したC20型日本製機関車。
↑重さ1000kgの磁鉄鉱。鉄分約60%をも含むというから、貴重な資源である。
↑南部藩出身の大島高任(おおしまたかとう)が、わが国初の鉄鉱石精錬による出銑操業に成功し、釜石も発展を遂げた。
↑第二次世界大戦中の昭和20年7月14日、米軍は軍需産業を破壊すべく、釜石市を艦砲射撃し、民家をご覧の砲弾の破片が直撃した。
↑鉄によるさまざまな製品を展示するコーナー。
↑釜石製鐵所の第1高炉。皆さん、御存知かもしれませんが、製鐵所は「鉄」の漢字を嫌いって「鐡」を使います。金を失う「鉄」は縁起が悪いからです。
↑岩手を代表する南部鉄瓶は、釜石の製鉄技術の発展がもたらしたモノなのですね。
↑鉄分を含む石の数々。当然の事ですが、磁石が良くくっつきます。

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