困った人達 |
・トイレで小便時、まるでタイミングを合わせたかのように後ろを通りかかった時にブーする人。 イビキがひどいとかはお互い様なのだから、ココでは取り上げる対象には到底なり得ないが、最低限のマナーとしてこれぐらいはちゃんとやってよ、あるいはちょっと面白くて困った人だなぁ〜と思ったモノを書いてみました。 |
どっちもどっち |
移植のために無菌室に入る時のことである。 なるほど。絶対に越えちゃいけないイエローライン。“何が”あっても無菌室からは出られない。 ナースに聞いてみた。「そりゃぁ〜、避難誘導しますよ」の答えが返ってきた。ただし、感染対策については明確に答えが出ず、そのあとはどうなるのかわからない、とのこと(笑)。 幸い、この事態が現実になることなく無菌室を出られた。ヨカッタ、ヨカッタ。 2007.2.03記 |
色白? いや、ガングロ |
毎年、春から夏、秋にかけて釣りをするため、日焼けをして肌を黒くしてきた。それが今回の長くなるであろう入院によって、さぞ白くなるんだろうなと思っていた。元々、モチ肌で色白な自分は(笑)、釣りによる日焼けが長続きせず、冬になると元通りに白くなるのだった。 ほとんど日の当たらない北側向きの病室に入って4ヶ月。夏の暑い日差しを眺めながら、なんて自分は白いんだろーと嘆こうとしたが・・・・。 じゃぁ、違和感なく、退院後は釣りにでかけられるなぁと喜んだのも一瞬。ナースから「当分は日焼け禁止です。1年近く、直接、太陽光に当たってなかったんですから、徐々に肌を慣らしていかないといけません」とクギ。まぁ、どっちにしろ、すぐ釣りに出るつもりはないが、一般人のような生活ができるようになるには、相当の日数を覚悟しなければならないのが、この病気ってことですね。 2006.12.09記 |
骨髄検査(マルク) |
処置室に呼ばれ、枕を胸で抱えるスタイルでベッドにうつ伏せになる。先生はまだ現れず、ナースが着々と準備を進める。何度やってもこの時が一番ドキドキする。このマルク、仰向けになって胸から採る方法と、自分のようにうつ伏せで腰から採る、二つの方法がある。両方とも経験した人の話では、胸のほうが格段に痛いらしい。 検査技師には耳から採血され、ナースにはパジャマの背中をたくしあげられ、続いて、お尻のほっぺた3分の1が露出するほどズボンを下げられる。ちょっとだけ危なっかしくて、恥ずかしい(笑)。 先生が部屋に入ってきた。手袋をはめるパッチンパッチンという音が聞こえると、儀式の始まりだ。 自分は臆病なので、注射の針を努めて見ないようにしているが、ナースの話では他の注射針に比べると、かなり太いのだそうだ。それを力を込めてグリグリねじ込んで、背骨に穴を開けるらしい。麻酔ナシではとても出来ない処置である。この骨髄液を抜く時、何やら背骨がポッコンと音する感じがする。真空状態の缶詰めに穴を刺した時、フタがプゥ〜ンと膨らむが、あのような感じといったら、わかってもらえるだろうか? 「これぐらいでいっか?」と独り言を言ったのち「ハイ、終了。お疲れさま」。 腰にガーゼを貼り付け、オモリ代わりの砂のうを乗せられる。押し付けることで止血するのだが、それを手で押さえつつ、歩いて病室に戻り、今度は仰向けでベッドに30分間、おとなしく寝る。十分、止血されているのを確認後、今回のマルクは終了となる。 2006.12.06記 |
あぁ〜、無情 |
臓器ガンは2〜3ヶ月もすれば職場復帰できるのに対して、8ヶ月から1年も仕事ができなくなるこの血液ガン。 自らの不徳で病気になったのなら、まだ反省する部分もあろうが、この病気、気をつけたからといって避けられる病気ではないのだからタチが悪い。「あれほど健康には気をつけていたお前なのに、なぜ、こうなってしまったんだ?」と不思議がられる事が多いのも特長か。 再び、引き合いに出すが、臓器ガンは敵が目に見える。手術でその部分を取ると、患者にも「コイツが悪さをしていたんだな」と納得できる。しかし、血液ガンはこうはいかない。自分をむしばんでいるガン細胞と私は未だにお目にかかった事がない。敵が見えない悔しさ。そして移植後も再発しないよう生きていかなければならない怖さ。 治療が始まると、一日置きの採血結果に一喜一憂する。まるで通信簿を受け取る小学生の気分だ。良い結果が出たといっては笑みがこぼれ、悪い結果が出たといっては落胆する。 早くこれらのすべてを忘れられる日、あるいは、振り返ってそんな時もあったなと語り合える日がいつか来て欲しいものだ。 2006.12.06記 |
オッ!と、ココはどこ? |
点滴スタンドをカラカラ引きずりながら、自分の部屋に戻った。入り口で手を消毒し、中に入って、大仰天! この失態は、他の患者さんも結構やっていると聞いて、安心した。 あるおばあちゃんなんかは、男部屋につかつかと入ってきて、一番奥の窓際のベッドへ。みんながけげんそうに見守る中、ベッドでプラモデル作りに励む若い男性患者の隣りにチョコンと座ってしまった。若者は「なんじゃ、このばあちゃんは?」と思いつつ、すぐに間違いに気付くだろうと思ったのだが、なかなか立ち去ろうとせず、さすがに気持ち悪くなってきた。 あらら、気付いていないのだ。少し記憶力のほうもやられていると判断し、ナースコール。駆け付けたナースさんに正しい病室に案内されて行った、とさ。 2006.12.01記 |
恐ろしい習性 |
入院して一番先に行なわれるのが、CVカテーテル術(右胸の大静脈に点滴用のカテーテルを入れる処置。手術とまでは言わないのかもしれない。動きの多い腕に点滴を刺すよりは楽)。 「外してチョ」とナースにお願いすると、胸から約10センチほどのところにあるアタッチメントから、点滴チューブを外し、血液が凝固して詰まらないようヘパリン(薬です)をカテーテルに入れて、フタをしてくれる。このクスリは約48時間の効き目を保ち、その間、患者は自由を得るわけだ。 そのようにしてフリーになったにも関わらず、習性とは恐ろしいもので、トイレに走ったある人は、もはや繋がっていない点滴スタンドなのに、なんの疑いもなく引っ張っていった、とさ。 2006.12.01記 |
寿司、食いてぇ〜 |
化学療法が始まってから、次のモノが食べられなくなった。 なぜ、ダメか? 先日、家でおいしい醤油ラーメンを食べた時に「アッ!」と声が出てしまった。 また、肉なら大丈夫だろってんで、夜は鍋でも食べようか!となり、すき焼きを用意して、再び「アッ!」 ピザを食べた時もキノコが。薄くスライスされたマッシュルームがチーズの中に潜んでいる。これを取り去ろうとすると、グチャグチャになってしまい、いやはや、ピザが汚くなってしまった。キノコって普段そんなに食べてないと思ってたが、意外にも身の回りに多いんだなと実感。 今、食べたいのは、松とは言わない、梅クラスでもいい、寿司だ。マグロも鯛もヒラメも食べれない、トホホ。 ※ 移植が終わったあとはグレープフルーツが禁止。免疫抑制剤とモロにケンカし合うらしい。幸いに自分は、このフルーツ、あまり食べたいと思わないので構わない。 2006.12.01記 |
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