Noguchi Cafe

 フィラデルフィア編
1 歴史の街、フィラデルフィア

 MLB観戦旅行では毎回、旅程の一部にアムトラックを利用しています。今回はニューヨークからフィラデルフィアまでが列車の旅です。インターネットで購入した予約券は昨日朝、正規のチケットに交歓済みです。 9:30にペンステーションを出て距離にして91マイル、1時間20分でフィラデルフィアの30番街駅に到着します。ボストンとワシントンDCとを結ぶアセラ特急の一部の区間を日本の「こだま」に乗った雰囲気です。

 フィラデルフィアは、アメリカ合衆国の建国の舞台となった歴史の街。野球見物のさることながら、観光も重要目的の一つです。

 駅からホテルまでタクシーで30分ほど。ホテルは「インディペンデンス国立歴史公園」の近くの“Holiday Inn Historic”。観光にはこのうえなく便利、ボールパークへも地下鉄を乗り継げば容易に行ける(はず)でした。

 ホテルに荷物を預けて、早速近くにあるインディペンデントビジターセンターに出かけます。午後の観光の段取りをし、ついでにアメリカ史に関するフィルム2本を見て、中華街の一角で昼食を済ませます。

 午後は「トロリー・ワークス」という、開放型の小型トロリーによる市内全般の観光です。
ガイドは恰幅のいいアフリカンアメリカンの男性。大きなペットボトルの水を飲みのみ大きな声で説明してくれます。旧市街から中華街、市庁舎を通って北西端の動物園を巡り、市中に戻る2時間弱のツアーですが、これで概ね町の概要はつかめました。

 ベッツィー・ロス(合衆国の最初の国旗を縫った女性)の家、エルフレス小径(アメリカ最古の住宅街)はホテルのすぐそばで、散策する予定でしたが、トロリーからの眺めで代替。

 4時過ぎ、ホテルに帰りついたとたんに雨が降り出しました。だんだんひどくなり、野球場への出発予定時刻にはまさに篠突く雨。今日もボールパークはドームではないし、ついに試合中止の憂き目に会うかとあきらめかけていたところ、幾分小降りになってきたので地下鉄の駅に向かいました。

 地図によると、この駅から西方面行きで「シティーホール駅」まで乗り、ここで南方面行きに乗り換えるようになっています。ところが電車は当該駅を通過して先に行ってしまいます。急行にでも乗ったかと思ってバックしましたが、どうなっているのか事情がさっぱりつかめません。事実は、西行きの地下鉄には「シティーホール」という名の駅は存在せず、一つ前または後の駅で降りて徒歩で南行きの駅に行く、というシステムだったらしいのです。チケットのシステムも理解できず、駅員がブースから出てきて親切に説明してくれたりする場面もありましたが、基本的な事実に無知であったり思い込みがあると、人間とは次の判断が全くできないものだという、当たり前のことを改めて思い知った次第です。

2 フィラデルフィア・フィリーズ 3対0 シカゴ・ホワイトソックス

 思わぬ時間を浪費しましたが、試合開始30分ほど前に到着。出来上がって4年目の球場はシティズンズ・バンク・パークといいます。座席は三塁ベースのやや後方の前列で、4人分まとまって取れました。ここはファウルボールが捕れる率がいいので人気があります。この球場だけはインターネットを通じてチケットそのものを自宅のプリンターで印刷することができ、ウィルコールでの引き換え手続きは要りません。同じMLB.COMが関与しながらチームによってやり方が違うのは不可解ですが、やがてこの方式に統一されることになるでしょう。

三塁側座席から見た球場風景。イニングの間でマスコットボーイの“Phanatic”くんがなにやら愛嬌を振りまいています。K氏提供

 ゲームは地元フィリーズが井口のいるホワイトソックスを迎え撃つインターリーグ、三連戦の初戦。フィリーズの監督はヤクルトなどで活躍したチャーリー・マニエルです。今期、極度の打撃不振のシカゴはこの日も元気なく、フィリーズの5番手のイートンに4安打無得点。緊張感をもたらす場面を一度も作れませんでした。その中で井口は辛くも1安打で私たちに報いてくれました。フィリーズ打線も不活発ながらバレル、ハワード、ロリンズが各ソロホーマーで3点。凡戦でした。

 「松井秀樹程度の選手はザラにいる」と前に述べましたが、今日の2チームだけでもホームランを打った3人をはじめ、シカゴのトーミ、コネルコなど、この時点では松井と同等以上の成績を上げています。フィリーズのロワンドやアトリーも加えていいかもしれません。

 余談ですが、球場で求めたスコアカードの中に “Newsy Notes” という紙ペラが入っていて、この両チームの関わりが次のように書かれていました。

 「3年前に両チームがインターリーグで対戦したとき、トーミは4本、ロワンドは2本のホームランを打ち合った。当時、トーミはフィラデルフィアに、ロワンドはシカゴに所属していた。2005年末、両選手は交換トレードされたので、今年はユニフォームを変えて戦うことになる。あのシリーズでは両チームの総得点が65点、ホームランが22本という大乱戦だったが、今年はどうか。」

 答はその後の三日間で出たわけですが、本日の3−0に続いてフィリーズが3−0、7―3、8―4で3連勝、号外が出るような突飛なことは起きませんでした。先ほど松井との比較で引き合いに出したコネルコ、アトリー、ロワンドがそつなくホームランを放っており、トーミもそこそこの活躍。一方、井口は第2戦も全く振るわず、第3戦はベンチに下げられてしまったようです。

 “Newsy Notes” をここに取り上げたもう一つの理由はトレードです。両チームの間でトーミ、ロワンドの取引が成功しているわけですが、今年はフィリーズが昨年のホワイトソックスのエース、フレディ・ガルシアを獲得しています。このトレードが成立したとき、監督のマニエルは欣喜雀躍したとのこと。両チーム間のトレードは相性がいいのでしょう。そこでわが「井口」です。

 井口はこの後間もなくフィリーズにトレードされることになるのですが、フィリーズが獲得した目的は、周知のことですが怪我をした二塁手アトリーの代役としてアトリーが回復するまで、期間限定で使おうということです。私はチェース・アトリーのことは今日まで知りませんでしたが、専門誌(Athlon Sports)によるとハワードとともに同チームの看板選手で、今年の成績も同じ二塁手として比較して、井口が勝てる項目はほとんどありません(三振数が幾分少ない程度で、他は圧倒的に負け)。井口の力が落ちたとは思えませんが、運も含めてMLBで生きていくのはたいへんなことなのでしょう。トレード成功の伝統を引き継いで活躍してほしいものです。

 フィリーズはこの時点では勝率5割の水準でしたが、後半がんばってナショナルリーグ東地区を制覇しました。今年は日本人選手がアメリカンリーグに集中しているため、日本ではナ・リーグの情報が乏しく、私もフィリーズについてはよく知りませんが、先ほど名前を挙げたハワードは昨年のMVP、今年はロリンズと2年連続でリーグのMVPを独占したのですから看過できません。井口を凌ぐアトリーなど、大物選手がそろっているようですから、今後も注目したいものです。

 この野球場の名物フードはチーズステーキとフレッツエル。チーズステーキは相当のボリュームですがなかなかの美味。気に入りました。Kと私はすぐに買えたのですが、ちょっとしたタイミングの違いでM氏は長蛇の列に並ぶ羽目に。M氏の感想。「ボリュームがあり、美味しいが、やや油っぽくて年寄り向きではないところもあるね。さすがに全部は無理だったよ。」それにしてもこちらのお嬢さん方はよく食べますね。これでは何とか症候群もやむをえないでしょう。

写真はチーズステーキ K氏提供

 来るときは地下鉄で苦労したので帰りはタクシー。ものの10分程度でホテルに帰着しました。

3 “Historic Philadelphia” 観光

 翌6月12日も快晴。今日は「アメリカ建国の歴史をたどる」と言っては大げさですが、疲れの出ない範囲で街中を観光しようというわけです。

 “Historic Philadelphia” はフィラデルフィア観光のキーワードらしい。そのなかで本日の我々の観光の目玉は「リバティ・ベル・パビリオン」。リバティ・ベル(自由の鐘)は高さ1.2メートルはあろうかと思われ、その上部から下方に向けて大きな亀裂が入っているのが「売り」のようです。

 アメリカ建国の歴史はこの鐘とともにあり、鐘には亀裂が付いて回るといった様相ですが、そもそも1753年に州議会がロンドンのメーカーに発注した鐘が最初の一発でひび割れ、
 直ちに鋳造し直した鐘は音色が好ましくなく、今に残るのは三代目、といった按配です。その三代目は1776年の独立宣言を初め、歴史の節目に活躍しましたが、いつのころからか再びクラックを生じ、1846年のワシントン生誕記念日に数時間にわたって鳴らされた際、亀裂が広がり、以後、この鐘の音を聞くことはない、と説明書の語るところでした。

写真はリバティ・ベル K氏提供

 続いて立ち寄ったのは「カーペンターズ・ホール」。1724年に創設された大工さんの組合が建設・所有するホールです。組合は建築家としての指導性と同時に、イギリスの植民地からの独立を目指す急進派のオピニオンリーダーとしてこのホールを1774年の第1回大陸会議の会場に提供し、独立への道筋をつける役割を果たした、とあります。1770年代の建築物としての芸術的価値と、歴史遺産の担い手としての値打ちを併せ持った建物でした。

 「インディペンデンスホール」の見学は時間制のツアー形式を取っており、時間のない私たちはパス。

 1kmほど南に“Jim's Steaks”という有名なフィラデルフィア・チーズステーキ店があるとのことでしたので、4番通りを南下しました。独立記念公園からサウスストリートへの道は車の通行も少なく、両側は緑が茂り、都市の散歩道としては快適です。たどりついた件の店は椅子の数もまばらなファーストフード店。若いバックパッカー向けのお店とお見受けましたので敬遠し、Jim からJon に乗り換えて“Jon's Bar & Grill” でランチ。

 タクシーで市の中心街まで戻り、市内見学。次いで市庁舎タワーの166m の展望台から市内を一望する予定でしたが、これまた2時間待ちの予約制。係りのおばちゃんは神戸に行ったことがあるとか大はしゃぎでしたが、エレベータの臨時手配というわけにもいかず、少しだけお相手をして退散、市内を逍遥しながらホテルに帰り着きました。夕方、昨日と同じ時間に同じような驟雨がありましたが、この時期この季節の決まりごとのようです。

 夜はすぐ近くの ”DiNardo's” というシーフード。カニ、エビ、貝類が豪快な形で出てきます。こういうのは日本ではなかなかお目にかかれません。

 フィラデルフィア、歴史の町としての落ち着きが町全体を包んでおり、ちょっと中心を外れれば緑が豊か。訪ね残した数々の歴史の館、フィラデルフィア美術館、ペンシルバニア大学、動物園などに思いを残しながらの二日間の滞在でした。

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