2006年の真鯛釣果(5月13日)

場 所
天 気
潮回り 満 潮 干 潮 開 始 納 竿 同乗者 釣 果
5/13
小泊沖
曇り 大潮 14:44 ---- 12:15頃 18:15 7 0
 いつもお世話になっている須藤船長(飛鷹丸のほかに2隻所有)が昨年限りでお仕事のほうを定年退職し、今年から釣り船業をバリバリやるというんで、船長へ「早めに小泊から真鯛を始めましょうよ」とリクエストしていた。船長も大乗り気で、GWが明けると同時に準備を進めていたらしく、早速、電話が来た。「釣れてるよぉ〜」と。
 こりゃ、行かないわけにいかない。二つ返事をして釣行が決定した。

 この日は土曜日とあって、午前と午後の2組の予約を取ったそうで、私は当初、午前組を予定していたが午後組に変更した。なぜならば、朝の内はまだ寒い時もあるので、水温が上がらず、昼過ぎのほうが魚の活性が上がってよかろうと思ったからだが、結果的にはさほど変わりなかったようだ。

 正午、下前から出港。どの方向へ向かうのかと思ったら、権現崎の先端へ。ココは黒鯛狙いで何度か来た事があるが、2003年9月の台風14号で高波を受けた事により地盤が弱り、その結果、地滑りが多発し、南灯台下までのコースが通行禁止になった(それに関してはこちらをクリックしてみてください)。海上からその辺りを見ると、地肌が見えて、いかにも危なっかしい。報道では修復工事をしようにも町の予算が無いのと、工事中の安全が約束されないため、手が下せないと伝えられていた。
 また、これ以外にも権現崎はトラブルを抱えていた。 2005年2月にはカンボジア船籍の木材運搬船「ヘレナ2」が座礁して沈没する事故があった。北灯台下に積み荷だった木材が大量に流れ着いてゴミになっているのと、「ヘレナ2」のマストが、それより少し南側にニョキリと突き出ているのを、今回、見ることが出来て、改めて、事故の重大さを認識した。
 そんな事を考えながら、2006年の初真鯛をスタートさせたのだった。

 今日のポジションは左舷側のやや真ん中。ミヨシには私を含めて3名、トモに4名、合計7名が本日の真鯛キラーである。ココで釣るのは初めてだが、龍飛とあまり変わらない。第一投して、潮流の速さに舌を巻いた。白の蛍光ブラー50gは全く重みを無視されて、船底を通って、右舷のトモ側に流された。ライン角度は45度ぐらいありそうだ。案の定、フェスティバル(お祭り)があちこちで始まった。「すみません」「わりぃ〜、わりぃ〜」の声が掛かる。

 午後2時前、トモの人の竿が曲がった。上がってきたのは45センチほどの本命。仕掛けを見て、びっくり。ナス型オモリ(蛍光グリーン)を使った自作の仕掛けである。いやぁ、これは嬉しいだろう。この仕掛け、清水川沖で船頭さんに伝授されたモノと、オモリの重さが違うだけでほぼ同じ。なるほど、これはイイものを見たわい。

 そんなところへ、私の竿が曲がった。やったぁ〜と心の中で大喜びしつつ、冷静さを保ってハンドルを巻いた。船長に「大きさはどうだ?」と聞かれ「ん〜〜、あんま大きくないな」と返事。40弱かな?とイメージして、楽しく巻き取り作業を続けたが、水面に現れた姿を見て、竿から手を放しそうになった。あれれ?ソイじゃん。ぶっくり太った30センチほどのソイ。あ〜〜、真鯛がソイに化けたよぉ〜。

(下に続く)

フォトギャラリー 
↑権現崎の南側。中央に見える白い煙突みたいなのが南灯台。その下の辺りが黒鯛の有名地磯ポイントなのだが、歩行ルートが地滑りにより寸断され、容易に行けない状況になっている。船は写真右側にある下前(したまえ)漁港から走らせてきた。
 (右上写真)30センチほどのデカフグも釣れた。
 (右下写真)座礁&沈没した「ヘレナ2」のマストが突き出ていた。
↑(左)ミヨシ右舷でこの日、一人で2枚を釣った名人。丸々太った真鯛は手ごたえ十分だったらしく、満面笑顔。
 (右)権現崎、北灯台付近。真下には「ヘレナ2」が流した木材が、まだ片付けられないままある。
↑トモ左舷(つまり私の左隣)でヒットーーー!!本日最大の64センチは、実にまぶしかった。
 (右上写真)トモ左舷はじっこの方。船中のファーストヒットは、この方だった。
 (右下写真)ラストヒットはトモ右舷はじっこの方のサメ。食うか、食われるかの大格闘(笑)。
 (上から続く)

 まもなくして、ミヨシのベテラン2名に相次いでヒット。タイミング良く、船長の携帯電話が鳴り、皆から「ラッキー・コール」だと笑いが出た。ビデオ撮影が得意な船長は電話の相手に掛けなおす旨を伝えて一旦切り、携帯をビデオに持ち替えて撮影開始した。う〜ん、良い絵が撮れた。丸々太った50ほどの真鯛だ。
 無事にネットインして、やれやれと一息つき、船内に静けさが戻りかけたその時、また携帯がツルルルル〜〜。しかも、またまた魚もヒット。まるで予告でもしてるかのように微妙な時間差がある(笑)。今度はなんと船長自身の竿にヒットである。
 「今、魚、掛かったから、あとで〜」と切り、海中に刺さった竿を慎重に操作していたのだが……。
 「あっ!バレた!!」
  あらら、今回のはアンラッキー・コールだったか?でかい獲物はシッポを振って海底深くへ戻っていった。

 午後4時半、船長が地元の下前の漁師さんから情報を仕入れてきたというポイントに移動して、ラストに賭けた。ココは深さ60メーターで真鯛の通り道になっているという。おほほ、かなり深いのね、でも通り道っつうくらいだから、期待できそう。
 と、そんなところへ、私の左隣にいた人にビッグなヒット。おお〜、いいねぇ〜、竿の曲がり方が理想的だねぇ〜。なんつっても、通り道だもんなぁ〜、ハハ。と言いつつ、顔はこわばっている(笑)。

 本日最大のビッグヒットは64センチだった。羨ましい〜。

 潮流が速いのと、60メーターという深さを考慮して、重めのブラーを使っていたが、船長曰く。「30gでイイ。ユラユラと流せば釣れる」というではないか。陸奥湾内での釣りならば理解できるが、これだけの潮で30gというアドバイスに耳を疑った。さらに、合わせは禁物だという。向こう合わせがベスト。先日も合わせたお客さんがバラしたと言う。ん〜〜、こりゃまた、陸奥湾のソレと全く逆の釣り方である。同じ青森県の真鯛釣りでも、こんなに違うのかと悩んでしまった。

 午後6時過ぎ、陽も少し傾いた頃、トモ右舷でものすごい引きで騒ぎになった。ドラグが悲鳴を上げて、なかなか手元に寄せられない。ビデオも準備するが、なかなか上がってこない。こりゃ、かなりでかいぞと騒然となったが、注目ばかりもしていられず、自分の釣りを再開したのだが、約15分ほどの格闘の末、顔をだしたのはサメだった。80センチは越えていそうなでかいソレは船上でも暴れまくった。人に危害を加えそうなほどのサメではなかったが、始末しないといけないため、〆(シメ)られた。
 サメの襲来を交わしたところで、終了。悔いが残るといえばそうだが、まだバトルは始まったばかり。始め良ければ、後にロクなことはない。むしろ、今日のボーズは望むところよ、ハッハッハッハ。

 さて、前段でも書いたが、今年から釣り船業が本業となった須藤船長は、やる気満々である。今月は小泊沖から始まって、6月辺りから平館沖などの津軽海峡へ移動し、巧みに操船して、真鯛をたくさん釣らせたいと豊富を述べていた。興味のある方は、お電話してみてください(番号は写真をご覧くださいネ)。ただし、非常に人気のある船(※1)ですので、土日はご要望に応えにくい面もあるかもしれません。人柄も非常によろしい方なので、お勧めです。

 ※1「釣り東北」など、いろんな釣り雑誌の取材協力船として何度も掲載されている。中でも2001年7月号に掲載した記事「ブラーで真鯛釣り」は当時、画期的なモノとして、本県の真鯛釣りに一大変革をもたらしたが、その時の筆者、田中努氏やブラーの制作者である西田豊忠氏らと行動したのが、須藤船長だった。昨年秋には東奥日報夕刊の釣り自慢コーナーで80センチ真鯛を抱えた女性の写真が掲載されたが、キャプションは「須藤さん、ありがとう〜」でした(笑)。


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