あすぱむ徒然草

  金閣寺リポート
 霧雨の降る金閣寺もなかなか乙なもの。午後2時半過ぎ、ようやく金閣寺に到着。青森を出発してから17時間半。いきなりメインディッシュとは“誰が立てたか、わからないが”贅沢な観光計画である。平日の午後の昼下がりにも関わらず、大型の観光バスやタクシーが駐車場にたくさん停まっており、人気の高さを実感した。

 順路に沿って歩くと、さまざまな言語が回りで飛び交っている。中国語、英語、フランス語、ラテン語・・・。日本人は自分しかいないのではないかと思わせるほど、外国人で溢れていた(ま、かくいう自分もフランス語もどきの津軽弁を地元でしゃべってはいるが・・・)。

 駐車場から歩いて一番先に目に留まるのが、1994年に決まった世界遺産登録を記念して建てられた標識。

 総門、庫裡、鐘樓を過ぎると受付があった。拝観料400円と引き換えに、長さ25センチ大のお札が手渡された。これが拝観券にあたるのだが、朱印が押された立派なモノなので、捨てずにちゃんと持ち帰り、玄関などに飾ると良いとのこと。御利益、あるかな?

世界遺産標識
総 門 総門を入ると左手に鐘樓が 「開運招福・家内安全」のお札

庫裡(くり:寺の台所) 参拝門を過ぎてまもなくお目当てのモノが・・・
方丈(ほうじょう:普段は未公開) 方丈側から見た金閣(舎利殿)

 鏡湖池(きょうこち)に着くと、金色に輝く舎利殿・金閣がパァ〜ッと目の前に広がった。
 1950年に全焼したあと、55年に復元され、86〜87年にかけて、漆の塗り替えと約20キロの金箔を使った張り替えが大規模に行われ、金閣寺が復活。2002〜03年にも一部の金箔を張り替えたり、屋根の葺替えが行われて、このように上等な金ピカ状態が保持されているわけです。
鏡湖池から金閣を望むのが最もポピュラーなアングル。金閣の左手前は葦原島
金閣を背景に様々な国籍の観光客が記念撮影をしていた


 足利義満が茶の水に使用した「銀河泉」、同じく義満が手を清めるために使用した「嚴下水」、登龍門(龍門の滝を鯉が登り切ると龍に変身したという中国の故事)に因んだ「龍門の滝」と「鯉魚石(りぎょせき)」が順路上にオンパレード。
銀河泉(ぎんがせん) 龍門の滝(りゅうもんのたき)
嚴下水(がんかすい) 金閣寺垣 金閣寺垣を上から見下ろしたところ

 金閣寺垣は太い竹が通せんぼして渡れないので、ぐるりと右方向に迂回する形で坂を上がると、やや高い位置に辿り着き「安民澤(金閣の背後に控える樹木に包まれて神秘的な雰囲気を醸し出している古池)」が見えてきた。池の中央部の島には、西園寺家の守り神といわれる「白蛇の塚」が建っていて、遠目にしか見られず、近寄ることが出来ないため、やや不気味な感じがする。
 この小高い丘から見た金閣は「見返り金閣」と呼ばれていて、ココが見納めのポジションとなる。
白蛇の塚
安民澤(あんみんたく) 見返り金閣

 夕佳亭に到着。御水尾天皇(ごみずのおてんのう)を迎えるために茶人・金森宗和(かなもりそうわ)が当時の住職・鳳林承章の依頼を受けて造ったのが夕佳亭だという。日本史がダメな自分には御水尾天皇も金森宗和も初めて目にする人だった。ちなみに夕佳亭の由来は「夕日に映える金閣が殊に佳(よ)い」から「夕」と「佳」の文字を取ったとのこと。なるほど。

 夕佳亭の前には貴人榻。「昔、高貴な人が座った腰掛け石」と説明がされている。外国の方が誤って腰掛けないよう祈る。
 撮影しようとしたら、白人女性(写真の女性)が通り過ぎようとして「あ、ごめん!」みたいな顔をした。私は「please:プリーズ(freeze:フリーズじゃない!)」と優しく声掛けして、左から右へ水平に手刀を切った(笑)。

 最終ゴール、不動堂と茶処。土産を買う人は別として、何となく、金ピカの金閣は見たから、もう帰ろうかぁ・・・みたいな雰囲気漂うエリア。あとで気が付いたのだが、茶処では金箔入りの菓子が売っているそうで、惜しいことしたなぁ〜、と心残りである。自分も「終わり」の気持ちと、次に向う龍安寺に心が移動していたのかも知れない。

夕佳亭(せっかてい) 貴人榻(きじんとう)
不動堂(ふどうどう) 茶処(ちゃどころ)兼、おみやげ屋
狭い出口を過ぎると下りの階段が待っている。君達、オジサンのように35年後にまたココに戻っておいでぇ〜

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