あすぱむ徒然草

  東本願寺リポート
 予定では「京都二日目」は観光バスに乗って、すべてお任せでお寺巡りをして、終了後はホテルに直行して休むことになっていた。
 ところが、初日に仁和寺を巡れなかったのが少し危機感をあおり、バスが出発する9時40分までホテルにいるのがもったいなく思えてきた。てなわけで、予定を変更して、バスツアー搭乗前に東西の本願寺を見てしまうことになった。ホテルからバス乗り場のある京都駅烏丸口までは、ちょうど途中に本願寺があるのも好都合である。

 碁盤の目のように道路が張り巡らされているので、迷う心配もなく、烏丸通りをひたすら自転車で南下する。古都の風景が刺激的で感激しながらペダルを漕いでいると、足早に会社へ向う背広姿のサラリーマンが、なぜか不思議な光景に映る。京言葉がゆったりしているので、京都の人達は歩くのもゆっくり歩くのかと思ってたら、間違いだった。かなり速い、そして自転車も速いのにはびっくり(笑)。
 なお、1997年、京都議定書が議決された土地だけに環境問題への関心が高く、プリウスのタクシーが多い。

 10分ほど走ると、玄関門と菊の門、御影堂門が次々と見えてきた。
 御影堂門、でかい。これが「門」か? 我が家の門よりもでかいじゃないか(笑)。門前で支度をしていた女性に自転車置き場を尋ねると、橋のたもとに停めれば良いという。う〜ん、やっぱ自転車は駐車に困らず、イイ。まだ朝早かったので、自分の自転車だけポツンと置き去りにして御影堂門をくぐった。


玄関門 菊の門

御影堂門前に駐輪
親鸞聖人750回目の法要案内 御影堂門と京都タワー

御影堂門
 御影堂門全景をカメラに収めようとすれば、車がビュンビュン走る道路の中央まで行かなければならず、命が惜しかったのでヤメにして、広い境内に入ってから写したのが下の写真である。

 一般的に、仁和寺二王門、南禅寺三門、知恩院三門を京都三大門と呼ぶそうで、一部には仁和寺二王門ではなく、この東本願寺御影堂門を言う場合もあるとか。もし、仁和寺を見ていれば「京都四大門」を制覇していたのが悔やまれる。

門がでかけりゃ、吊り灯篭もでかい 御影堂門(高さ28m)。阿弥陀堂と同様、2011年に修復の予定

御影堂
 御影堂は御影堂門よりも更に大きかった。横76m、高さ38m、奥行き58mは世界最大の木造建築。重機などない400年も前の時代にこんなものが作られた事に、ただただ唖然とする(※1)。ものすごい迫力に圧倒されつつ、境内を回ってみた。
 ※1東本願寺は江戸時代に4度の火災に遭ったことから「火出し本願寺」と揶揄され、今ある御影堂は1895年(明治28年)に、当時の技術をそのまま使って再建された。

 現在の御影堂は2004年から約5年、約100億円かけて大規模な修復工事が行われ、09年7月に、再び全容を現わした。今度は左隣りに構える阿弥陀堂が2011年の「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌」法要後に修復工事を控えていて、これまで御影堂を覆っていた素屋根がスライドして阿弥陀堂にかかっていた。

 堂内に上がってみた。寺の内外から、人が急ぎ足で集まってくる。手には教本を持って入り、畳に膝を折ることから、どうも8時半頃から大人数による読経が始まるみたいだ。厳格な雰囲気が漂っている。

御影堂全景。左手には2011年からの修復を待つ阿弥陀堂が覆いを被っている
幅広な階段から堂内に上がると床はピカピカに光っていた
鸞恩(らんおん)くんがお出迎え 朝の読経が始まりそうな様子

参拝接待所 総合案内所
手水舎

 参拝接待所前には御影堂屋根瓦の模型が原寸大で飾られていた。当たり前であるが、御影堂が大きいだけに瓦も大きい。
 以前は総重量2,600トン(瓦1,500トン、ふき土1,100トン)が屋根にかかっていたが、17万5000枚の瓦のうち、12万5000枚を新調した今回の大修復では、寄進者の名前を瓦にインクジェットで印刷したり、ふき土を使わない工法で約700トン軽くする、現代ならではの工夫が採り入れられた。
直径25センチ位あるかな?
こんなサイズの瓦が屋根に乗っているとは驚きである 蓮ちゃんでぇ〜っす

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