2007年 4月1日 入院305日目  Day +80 エイプリルフール?また、股採血?

 酸素飽和濃度が90〜93と低く、ちょっぴり不安に思っていたその時!ドクター白木登場!
 ベッドにやってきた瞬間、何をされるかお互いわかっていた。そう、股関節の動脈からの採血である。慣れたと言えば言えなくもないが、場所が場所だけに恐怖心が強い。パンツの脇を少しだけめくり、もう急所が見える一歩手前でストップ。あとは先生がブスッと動脈に無事、刺せばいいのだが、時折、失敗することもあるというから怖い。
 が、無事、一発で採血が終わり、続けて胸部レントゲン撮影に行くよう指示される。実は今日は日曜日。それだけ緊急性を要するのかと思ったが、指示が出ればその通りにするしかない。別に痛くもないしこちらは何度でも結構だ。とはいえ、近ごろ、随分、レントゲンやらCTやらを撮影している。放射線の体に対する影響は大丈夫なのかと少し心配になってくる。

 酸素吸入もスタート。すっかり退院の事は考えられない事態になってしまった。


 2007年 4月2日 入院306日目  Day +81 虚しいMLB開幕
白血球 ヘモグロビン 血小板
11300個 12.9g 23.2万個

 病気とは関係のない話だが、私の大好きなアメリカメジャーリーグが開幕してしまった。
 昨年の入院したての頃は、いくらなんでも4月には家のTVで見られるだろう(もっとも当時は生きてココを出られないと覚悟もしていたが…)と簡単に考えていたが甘かった。

 この頃から、ひどかった咳があまり気にならなくなった。先月末から始めたブイフェンドが効いているようだ。


 2007年 4月5日 入院309日目  Day +84 ストレス最高潮
 入院して2回目の不在者投票を行なう。前回は参議院選挙、今回は県議会議員選挙。6月には県知事選がある。まさかこの投票も院内で・・・・あぁ〜、やだやだ、考えるのはヤメにしよう。

 松山ナースが新人ナースを連れて朝の挨拶に来る。今野ナース。Aチームの新戦力として多いに若い力を発揮して欲しい。なお、春の人事移動等で阿保ナースは他科に移り、大林ナース(旧姓)はCチームへ移動となり、また昨年度で退職した方もおり、多少、雰囲気が変わった。

 6日(金)〜8日(日)の週末、見通しのたたない先行きにイライラが募り、非常に気分が沈んだ。大部屋にいれば仕方のないことだが、同室患者の排便の匂いが拍車をかけて今まで経験のないストレスを感じて苦しむ。口の中はカラカラに渇き、唾液も出ないので食欲が不振。おまけに食事時に匂いが混じる最悪の事態に相当パニックになった。


 2007年 4月9日 入院313日目  Day +88 眼科受診
白血球 ヘモグロビン 血小板
10500個 14.5g 23.6万個

 ドライアイの状態をみるため眼科を初受診する。視力検査、眼圧検査のあと、ドライアイ検査。この検査が結構、拷問に近いものを感じる。両目のはじっこにリトマス試験紙のようなモノを入れられ、5分間、そのまま目を開いたままにする事を強いられる。まばたきをするたびにチョウチョのようにヒラヒラするのが、はた目には可笑しく見えているみたいで少し恥ずかしい。
 結果は右目が「10」、左目が「6」。10以上が良だそうで、左が若干のドライアイかとの診断。角膜は何もキズがなくて奇麗なのでそれほどドライアイを心配するほどではない、とのこと。

 2007年 4月11日 入院315日目  Day +90 ネオーラル、一ヶ月ぶりに再開
白血球 ヘモグロビン 血小板
11500個 13.6g 24.6万個

 免疫抑制剤「ネオーラル」が先月の15日以来の再開。朝30mg、夜30mg、合計一日60mg。酸素飽和濃度は相変わらず95を切る状態で、呼吸も苦しい。

 胸部レントゲン撮影を行なったが、前回との差異は認められず。本日からネオーラルを始め、その効果を見極めるために翌週の16日にCT胸部撮影を行なうスケジュールを組む。口中の渇きも依然としてあるが、ネオーラルを始めてから鼻水が出るようになり、若干の潤いが出てきたかと少し嬉しくなる。


 2007年 4月13日 入院317日目  Day +92 ステロイド剤の使用をついに決定
白血球 ヘモグロビン 血小板
12800個 14.3g 25.2万個

 白木先生、いろいろ考えた揚げ句にステロイド剤「プレドニゾロン(我が病棟では短く詰めて、プレドニンと呼称している)」の使用を決定し、夜から10mgの内服が開始。これを一日3回、合計30mgを投与していくという。ずっと前から「使いたくない、使いたくない」と言っていたプレドニンだが、呼吸が整わないし(特に吸う時に苦しい。深呼吸が出来ない)、だるさのため日中でも寝ていることが多くなり、食欲も落ちてきて体重が減ってきていることなどを考慮して使用に踏み切った模様。

 午後、酸素飽和濃度が低いため、股関節からの採血を行なう。今回で3回目。もう終わりにしてぇ〜。


 2007年 4月14日 入院318日目  Day +93 体重減少 血糖値測定開始
 体重が大台を割る。入院当初、68キロあった体重だが、本日、喜んでいいのか、大変なことになったと騒いでいいのか、59.7キロと初めて60キロを切ってしまった。今までのほうがありすぎて、メタボリック症候群の心配すらあったので喜ぶべきかもしれない。多少の名残はあるものの、へこんだ腹を見ると我ながら痩せたなぁ〜と思う。
 考えようによっては貯金を使い果たして、1からのスタートというベストな状態になったのかも。

 血糖値の測定が始まる。プレドニンの使用により血糖値が上がるため、朝夜の2回、指の先端にある装置をあてがいパチンする。すると細い針が飛び出してジンワァ〜と血が出てくる。それをまた別な装置で吸い取ると血糖値がデジタル表示される。朝154、夜194。当初、この数値がどうなればどんな処置になるのか無頓着だったが、200を越えるとインスリンをやらなければならないと聞き、慌てて糖分の摂取を控えるように注意する。自分にはどうもあの腹の肉をつまんでインスリン注射する姿が受け入れられない(結局はこの血糖値測定もずっと200以下に安定していたので、わずか5日間、18日で終了となる)。
 また、プレドニン効果で体温も上がらなくなる。これまで36度台後半だったものが、35度前半まで落ちた。
 体にほてりを感じる副作用があると聞かされていたが、自分の場合は逆?
 ほてりは感じないが、若干、顔色が赤くなったように思う。

 病院食に飽き飽きしてきたので、今日から昼をストップして自前昼食にしてみる。自分はラーメン党なので売店の陳列棚前でたくさん悩んだ末、マルちゃんの「もやし中華そば(醤油味)」を購入。加えておにぎりも一個。
 同じ階にあるが、少し距離のある食堂までわざわざお湯を貰いに行かなければならないのが面倒くさいが、自分でおいしいと思って買ったラーメンだけにワクワクしながら食堂まで走る。よだれが珍しく出てきて、5分間待ったのち、食べてみた。う〜〜〜ん、まいう〜〜。物凄く幸せな昼だった。

 さて、この日の夜、変な夢を見た。場面は夜中の真っ暗な病院の廊下。なぜか隣りに某ナースが一緒にいた。
 「○○さん、点滴スタンドを引っ張って歩いている前の人さぁ、オラには足が見えないんだけど…」
 「あ、ホントだ・・・・あれぇ、あの人、この前、○○した○○さんだわ」
 「ぎょ!!!!!」


 2007年 4月15日 入院319日目  Day +94 危なかったカテーテル詰まり
 夜、ザイボックスの取り付けに珍しくBチームからタレントの石川亜沙美に似た若手美人ナースの鈴山さんが来る。取り付けの際にカテーテルの通りが良好かどうかを確認するのだが、非情にも注射器の柄が押し込まれない。そう、トラブル発生である。近ごろ、点滴の量が少なくなってくると、点滴の水圧が体内の血液の圧力(つまり血圧)に負けて逆流し、それが凝固してカテーテルが目詰まりを起こす傾向にあったのだが、それが起きた。

 このような場合、ヘパリンという薬をカテーテルに通して溶かす処置をすると、かなりの確率で復活するのだが、時として困難を極める場合もある。今回はまさにそのケースであった。鈴山ナースにはとんだ災難である(笑)。
 こんなはずじゃなかったってな感じで、一生懸命やってくれるが、なかなか解決せず、同じくBチームのベテラン白鳥ナースがバトンタッチして当ったが、やはりダメ。そこに本日の夜担当、佐藤ナースも加わり、一人の患者に総勢3人もの看護婦さんが関わる大事に至ってしまった。

 ナースからすればカテーテルの詰まりは自分達の責任でもあるため必死である。万が一、復旧しなければ、このルートを諦めて、新たにCVカテーテルを入れる小型の手術を行なうか、あるいは末梢血点滴(いわゆる腕に刺す点滴)を行なうことになる。退院が近くてカテーテルを外すメドがたっていればココで抜いてしまうのも簡単だが、まだ見通し立たずの状態ではどちらの手段も選択しにくい。

 ヘパリンによる溶解が厳しいと判断した佐藤ナースは白木先生に連絡した結果、血栓溶解剤「ウロキナーゼ」使用の許可を取り(医師の許可が必要)、最後の望みをかけて再び注射器のポンピングに挑んだ。この薬は血小板の数が少ない患者にはなかなか使えないのだが、今の自分には25万個あまりのたくさんの血小板があるため許可が降りたらしく、佐藤ナースも「これを使えばおそらく…」との期待感を持って処置にあたる。
 ところがいくらスーパーな薬でも目詰まりから時間が経てば経つほど状況は次第に悪くなるそうで、この時点で既に1時間の経過はリミットをわずかに過ぎていた。成り行きを他人事のように出来ない自分も一緒になって胸の辺りで行なわれる悪戦苦闘ぶりを見ていたが、さすがに寄り目を1時間近くも続けていると疲れてくる。

 「ん・・・・厳しいですね〜」
 「1時間も頑張ってくれる皆さんには感謝してるよ」
 「少しずつ(注射液は)入ってるんですけどね」
 「ん、そうだね」

 その時、ホントに少しだけククッと柄が入ったのが見えて「あっ、入ったの、今、見えたよ」と言ったと、ほぼ同時に柄がスーッと押し込まれていった。

 「通りました、通りました。元に戻りましたよ、きゃぁ〜、やったわぁ〜」
 「おおおおおおおおお・・・・・・・、復活したぁ!見事だ!良かった、良かった」
 「私もホント嬉しいわ。いやぁ〜、良かった」

 いや、ホント、涙が出そうになるほど嬉しかった。長く感じられる1時間だった。自分自身、一日でも早く退院したいと思っているのに、今ココでまたカテーテルを入れるなどというのは御免被りたいと思っていただけに嬉しかった。この件以来、逆流にはとても神経質になった。

 ※本日、約13ヶ月の長い入院生活の末、神林さんがお元気に退院しました。既に還暦を過ぎたご年配ですが、若者顔負けのド根性で逆に我々が元気づけられるほどパワーのある方でした。喜ばしい退院ではありますが、病棟内が静かになってしまい、ちょっと寂しくなりました。今後は外来でお会いできることを願っています。


 2007年 4月16日 入院320日目  Day +95 珍客が入院
白血球 ヘモグロビン 血小板
14100個 15.0g 27.8万個

 いつもはベッドもなくガランとしている左隣りの空間に、新たなベッドが運び込まれた。毎度のことなので事の事態は良くわかっているが、改めてナースに聞いてみる。
 「新しい患者さん?」「うん、隣りの部屋にホントは入るんだけど、ちょっとの時間、こちらに待機させてね」

 しばらくして現れた患者さんを見てビックリ。昨年7月末に入院してきて約4ヶ月ほど一緒にお付き合いした堂本さんだったのだ。
 「あらららら、どうしたの?」「治療のための一日入院」
 新たな化学療法が始まり、本日は第一回目。病院側としては慎重を期して管理下に置きたいので、一日だけ入ってもらって二回目以降はまた通院で治療を行なうのだそうだ。積もり積もった話に盛り上がり、ナースには「一日だけなんなら、ココに居てもらったほうが、話し相手も出来て嬉しいなぁ〜」とせがんだところ「じゃぁ〜、そうしましょか?」ってんで、あちらの部屋には動かないことになった。
 近ごろ、ストレスも溜まり、飽き飽きしてきていただけに堂本さんとの会話は尽きないものとなった。気さくな彼はCチームのナースと顔を合わせるたびにセクハラ行為ギリギリの言葉を掛ける(笑)。彼との一夜はとても楽しいモノとなった。

 CT撮影を行なう。呼吸がまだ浅く、酸素吸入を受けるとまもなく安定する。やはりまだ肺の機能は低いのか。白木先生から、もう一回、肺の内視鏡検査を行ないたい旨の話が出る。初回は思ったほど辛くなかったので、やるというならやぶさかではない。けど、やらなくて済むのであればやらずに済ませたい。とはいえ、もう先生の心の中は読めていた。「肺内視鏡はやる!」と既に決めているのは表情でわかる。


 2007年 4月17日 入院321日目  Day +96 鳴り続けるブザー
 堂本さん、何事もなく、朝早く、無事、退院。あぁ〜、また独りぼっちになってしまった。

 午後、呼吸器外科の先生が来る。「20日(金曜日)に肺内視鏡の検査をやりたい。左胸奥まで入れて、組織を採取したいと思う。これにより肺炎が起こる場合もあるが、注意深く観察するので安心して欲しい」と言われる。
 ほらほらぁ〜、やっぱりやるんだべさ。ただ気になるのが「肺炎になる場合もある」というフレーズ。我々のような病気は肺炎が命取りになるので聞き捨てならん話である。これ以来、頭の中では「肺炎」の文字がチカチカと点滅し始めて、検査が怖くなってきた。

 就寝時、仰向けに寝ても呼吸が楽なことに気付き、嬉しくなる。今までにも何度か試してみたが、途中でつっかかり咳込んでしまって、どうしても仰向けで眠れなかった。それが、どうしたことか、つっかかりもなく呼吸が続くではないか。そうこうしているうちに、同室の上山さんの輸注ポンプのブザーが鳴った。薬が終了した時に鳴るピッピッピッという音だが、一向に起きてナースコールする気配がない。老婆心なことはしたくないが、もう5分以上経過していることから、自分がコールボタンを押してナースを呼んでみた。スタスタスタと廊下を走ってきたナースが自分のところへ来たので、指で「あっち」を差して上山さんのコール代理だとジェスチャー。ブザー音は止まり、礼を言いにナースが来た。寅さん風に「いいってことよ〜」。
 とっころが、これから2時間後、同じ事が再現されたのだ(笑)。ちょうど2時間なので、時間セットされた薬なのだろう。ピッピッピッは本人の鼻音と共にずっと鳴り続ける。同室の皆はだぁ〜れも知らんぷり?それとも熟睡してんのか?しょーがねぇ〜なぁ〜ってんで、また自分がナースコールした。今度はナースもまっすぐに上山さんのベッドに向かい、ポンプを片づけた。
 先程のナースがまた礼を言いに来た。また同じく寅さん風に「いいってことよ〜」。

 でも、これが明日も明後日も起こるのかな?と少し心配になる。だが、この日以降、起こらなくなった。自分でも自分の輸注ポンプのブザーが鳴っていると知らず(確かヘッドフォンを付けていて気がつかなかった)、しばらく慣らし続けた事があるだけに上山さんを責めるつもりは毛頭ない。みんな、助け合わなくちゃ!・・・のはずなんだけど。


 2007年 4月20日 入院325日目  Day +99 初回の経験も吹き飛ぶ地獄の検査 肺内視鏡
白血球 ヘモグロビン 血小板
11200個 14.6g 19.7万個

 肺内視鏡検査2回目。
 初回の時は散々、動揺して、あれやこれやと初めて受ける検査について考えてしまったが、意外にも楽で拍子抜けしたので、これに自信を深めた自分は2回目を非常に楽観していた。
 朝食は抜き。腹はグーグー鳴る。6時の起床と共にすぐに洗面と歯磨きを済ませて、いつでも検査のお迎えが来ても良い状況を作った。酸素飽和濃度も98。なんの問題もない数値である。事実、呼吸はスムーズで苦しさは全然ない。

 午前9時。ハルシオンでまず下準備。お年寄りはこのわずか3〜4ミリほどの小さな薬だが、足腰がフニャフニャになるほど効く方がいて、ナースからすると結構、注意を払わなければならないのだそうだが、自分はまだ若い!ほとんど効果が自覚出来なかった。それでも一応、検査室までは森岡ナースに付き添って貰う。
 9時40分。検査室のベッドに横になり順番(3番目)を待つ。初回に確認出来なかった室内の様子を、余裕からか、頭を上げてじっくり観察もしてみる。
 10時10分。口内麻酔のため椅子へ移動。先生に「禁煙して6年経ちましたが、今はもう奇麗になったと考えてよろしいんでしょうか?」と尋ねる。ほぉ〜、余裕だねぇ〜、自分。
 先生曰く「肺は完全に元には戻りません。止めた時点で現状維持されるだけです。でもそのまま喫煙すればどんどん悪くなっていたでしょうから止めたのは大正解ですよ」この答えにはちょっとガッカリさせられたが、気を取り直す。

 10時30分頃?いよいよ検査台の上に移動し、鼻に酸素吸入(やや多めの3リットルでセット)を取り付けられ、楽観していたはずの「地獄の内視鏡検査」は始まった(笑)。
 ズズズーと入るのと同時に物凄い苦しさに早くももがきだす。あれぇ〜?こんなはずじゃなかったのにと思いつつ、咳とノドの痛さと闘う。麻酔がいまいち効いていないのか?全身の力を使ってノドに入った異物を押し出そうとするが、そんなことぐらいで抵抗できるものでもない。ウェ〜ッ!!グエッ!グエッ!生きた心地のしないこの辛さ。
 「ハァ〜イ、もうちょっと我慢してね〜」「そうそう楽にしてぇ〜」「おっとっとっと、苦し〜い?」
 苦しいのなんの。ずっと力が入りっぱなしだが、途中、急に楽になる時もあって、間隙をぬって思い切り、リラックスしてみる。まさに肩の荷を下ろす感じで検査台に体の背中側がすべてピッタリくっつくほど、力尽きた状態になる。そうでもしないと体のほうが持ちこたえられない。でも、それもほんの一瞬である。再び、グググーッと力が強く入るほどの苦痛が始まった。あとどれだけ耐えられるのだろうか?もう限界だ。左の肺奥背中側に内視鏡はあるらしく、その辺でシューシューと音がしている。何かの薬でも流し込んでいるのだろうか?肺がモシャモシャして気持ち悪い。鼻は完全に詰まり、せっかく取り付けた酸素吸入なのになんの役目も果たしていない。口で大きく息をつき、どうにか生き永らえている。ウェ〜ッ!!グエッ!グエッ!いつまで続くんだぁ〜、この苦しみは?

 「そろそろ終わりますよぉ〜」「ハァイハイハイハイ、お疲れさま」 時計を見る。午前11時10分だった。

 終わった。やっと終わった。先生にひと言、言わずにいられなかった。「今回はキツかったすね〜」
 「そうでしょ、ごめんなさいね。組織は5つ取りたかったんだけど2つしか取れませんでした。この後、タンに血液が混じることがあるかもしれないのでちょっと注意してくださいね」「ふぁ〜い」

 少しの間、検査前まで寝かせられていたベッドに戻って休息する。鼻が使えないのでゼーゼーハーハーと口で大きく呼吸する。マラソンランナーがゴールでもしたような呼吸だ(今どき、ゼーハーしないか?)。
 森岡ナースが迎えに来て、心配の言葉をかけてくれる。車イスに乗って、部屋に戻ったが2時間は安静にしていないとダメで昼飯もそれまでお預け。あぁ〜、おなかがグーグー鳴る。でも、終わってさっぱりした。あとは結果を待つだけだ。良い結果が出ると確信している。だって、こんなに呼吸が良いのだから悪い結果が出るわきゃない。

 白木先生「今日は苦しかったみたいですね。お疲れさまでした。来週月曜日(23日)にレントゲンを撮って、結果が良ければプレドニンを減らしたいと思います」


 2007年 4月21日 入院326日目  Day +100 移植ワンハンドレッド
 移植から100日が経った。もっと早く退院する自分の予定だったが、ここまで病院にいることとなってしまった。幸い、状態が悪くないのでポジティブな日を送れるようになっている。

 前日の肺内視鏡検査による感染症を警戒し、抗生剤「マキシピーム」が投与される。少しだけゴロゴロした咳が時々出るが、血たんが出ることもなく、良好である。

 大きなあくびが出た。つっかえもなくグーッと深呼吸してのあくびは、しばらく出来なかったことだ。確実に肺の機能が回復しているのがこれでも実感できる。あれほどうまく出来なかった深呼吸が、こんなにも簡単なモノだったのかとおかしい話だが、不思議と考え込んでしまう。でも嬉しい。鼻水も適度に出るようになり、潤いが取り戻されつつあるようだ。すべてが良い方向に進んでおり、気分も上々!

 消灯9時。すぐに寝るわけではないが9時半頃には布団に潜る。すこやかな眠りに付くのだが、生理食塩水のおかげで起こされる。かなり寝た感じがあったので時計を見た。あらら、まだ午後12時だった。すっかり夜中かと思ってた。近ごろ、この傾向が強い。寝てまもなくの初回のトイレが、ほぼ午後12時。これで寝た気分になれているのだから、この先まだ6時間も寝られると思えば得したような気がする。でも、そうはいかずこのあとも2時間おきぐらいにトイレ起床させられてしまうのでした。
 生理食塩水がタラタラと延々流されるからトイレの回数が増えるのも当たり前ではあるが、なぜ寝ると頻繁になるのかをナースに聞いてみた。
 「お布団に入るとあったまって腎臓の血流が良くなるのでオシッコが出やすくなる」のだという。
 ほほぉ〜、なるほど。オシッコってのは寒いと良く出るのになぁ〜と思ってたのだが、この回答は明快だった。


 2007年 4月23日 入院328日目  Day +102 結果ヨシ! ゴールが見える
白血球 ヘモグロビン 血小板
20300個 15.2g 16.3万個

 午後、胸部レントゲンを写す。この結果次第では何かしらの動きが起こる。
 夕方、白木先生が回診に訪れた。
 「レントゲン写真ですが、かなり良くなってますね。今回の検査では細胞もしっかり取れたので、ほぼはっきりしました。感染症の疑いは無くなりました。肺のGVHDだと確定したいと思います。明日からはプレドニンを減らして、体の様子をみて、状態が悪くならなければ『外来』でということにしましょ」

 やったぁ〜!ゴールが見えたぞ!
 具体的な日にちは出なかったが、外来ということは退院ってこと・・・だよね(笑)。まさか入院しながら外来に通うバカはいないよなぁ〜、あっはっはっは。嬉しくてカミサンに即メールを出した。返事は冷静である。「あんまり浮かれてちゃ、また退院が伸びた時のショックが大きいから、慎重にね」との返事。そうはいわれても、浮かれずにおらりょか?この言葉を聞くために近ごろはどれほど心待ちにしていたことか。状態が悪ければまだしも、こんなに調子が良いのだから期待するなというのが無理というもんだ。

 自分なりに建てたスケジュールでは、五月中旬か下旬くらいに退院、である。え?なんでGW前じゃないのかって?いやいや、どうせGW前に出たところで、人込みに出ることは出来ないし、家でじっとしているよりは、病室のベッドで大リーグ中継をじっくり見て、三食昼寝付きの暮らしをしていたほうがいい。平日と違って、病棟内も穏やかでのんびりしてるんだから、そのほうがいい。
 でも、いつでもいいですよ、こっちは。出ろと言われればいつでも。

 さて、白血球数20300個という過去最高の数値結果が出て、松山ナースがちょっと心配して先生に確認してくれたところ、どうやらプレドニンを始めると増える事が多く、このようなケースは異状ではないとのこと。プレドニンを始めて10日が過ぎ、白血球に大きな変化がなかっただけに心配したわけだが、まずは一安心。


 2007年 4月27日 入院332日目  Day +106 大型連休前に目立つ空きベッド
白血球 ヘモグロビン 血小板
16100個 15.3g 14.3万個

↑空っぽのベッド
 ゴールデンウィークを前にして、ここ5人部屋から二人が退院していった(本来は6人収容出来るのだが、中央のベッドスペース一つを空けたままにして、5人部屋として固定している)。退院した二人は内分泌科の糖尿病患者なので時間の経過とともに出られるのはわかっていたが、他の病室でも同様の事が起こっており、これはもしかして病院側の陰謀がはたらいているのではないか?と考えた(笑)。
 どうせヒマなんで空いたベッドを数えてみた。なんと60床中、18床も空きがあるではないか。今、この病棟には入院患者が42人しか居ない!この前の年末年始でさえ、こんなことはなかった。やっぱ人の動きが活発化するGWは患者を病室に閉じこめるより、少しぐらい悪くても出してしまったほうが健康を取り戻すにはいいのかもしれない(大笑)。陽気ではあるがまだ寒いのにな。

 などと書くと、グチに聞こえるかもしれないが、グチるほどブルーにはなっていない。ゴールが見えてきたからだ。余裕から出るコメントとでも思って貰おう、ハハハ。
 午後、回診に来た先生が「今度、またCTを撮ります」に「ハイ、わかりました。マルクもそろそろですか?」なぁ〜んて、自分でも予期せず、気を利かせたリクエスト。「そうですね。そろそろやりますか?」あぁ〜、無駄口を叩いてしまったな。

 ここ2〜3日でかつての仲間が外来受診を終えたあとの面会に来てくれた。久保、笹原、上林、鈴元さんら。皆さん、お元気で何より。もう少しで自分も外来の仲間になるからよろしくとお願いする。

 病院食の量を「普通」にしてもらう。今まで食欲があまり無かったため「半分」で通し、もし足りない分は売店からの調達で補給していたが、近ごろ、プレドニン効果からか、腹がよく空くので売店の買い物も金額が膨大になってきた(笑)。これで、すべては病院食でまかなえると安心して、夜の御飯を待った。手元に届けられ、丼のフタを開けてビックリ。フタで押し固めたのではないかと思われるほどの山盛り。見た瞬間から腹いっぱいになったので、次食からは「普通」を「小盛り」にしてもらう。これでちょうど良かった。ナースに「あの量を食べる人はいるの?」と尋ねると「いるんですよねぇ〜」とのこと。ただ、ほとんどの人は多いと思うそうだ。


 2007年 4月29日 入院334日目  Day +108 点滴薬がついにナシに
 午前10時頃から1時間、輸注ポンプでいつも入れている抗真菌剤「ファンガード」が昼を過ぎても取り付けに来ない。(滅多にないけど)時として、忘れる場合もあるので、ナースに聞いてみた。

 「あっ、先生から聞かされてなかったの?今日からナシになりました」

 エエエエエ?????ナシになった?
 そんな大事な事、ちゃんと教えてちょーだいよ。
 ということは、竹馬の友「点滴スタンド」にブラ下がる薬がゼロになったということ(生理食塩液はカテーテルを詰まらせないためにも24時間、流されてます)。

 かつての仲間は皆、このような感じで退院していったっけ。最後のほうにはなぁ〜んにもすることがなく、ヒマがっている人が居ました。今、まさに自分もそのモードに突入したわけで、退院のカウントダウンに入ったのかな?と嬉しくなってきた。いやいや、油断大敵、火がボーボー。残りの入院期間中は、室外ではマスク着用厳守、手洗いしっかり、早寝早起き、まじめに過ごさなくちゃ。


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