2006年 7月6日 入院36日目  愛のキューピット

 夜中の2時、グラッと揺れる。岩手県沖を震源とする地震だ。震度2だったそうだが、思いの外、揺れたので飛び起きた。やはり8階の高さで感じるのと自宅の2階では違うのか?
 もし万が一、この建物が倒れたとしても安心である。なにせ、ココは設備万全の総合病院なのだから。

白血球 ヘモグロビン 血小板
1400個 9.0g 14.2万個

 日中、同室の西島さん(60代)と大林ナースの会話が聞こえた。
 別に、そば耳を立てたわけじゃないが、聞こえるのだからしょうがない。

 「大林さん、一度でいいからウチの息子と会ってみてよ。親が言うのもなんだが、いいヤツだよ」
 「西島さんったらぁ、そういわれても困りますよ」
 「今度の週末、来るからさ、その時、お願い!ね、ね、ね」
 「いやぁ、ほんと、困りますよ、それは」

 西島さん本人が大林さんを非常に気に入った様子で、息子のお嫁さん候補になってしまったらしい。どうやらこのあと、主任看護師の渡辺さんから「大林さんにはお付き合いしている大事な人がいるので、申し訳ないけどお断りさせてください」、続いて大林さん本人の口からも丁重に断られ、西島さん、ガックリ。
 ナースさんをヨメにしたくなる気持ちはわかるけど、ちょっと無理があるなぁ。
 でも、お付き合いしてる人ってのはホントかなぁ〜?


 2006年 7月11日 入院41日目  化学療法2回目がスタート
ベッド周りも雑然としてきた

 午前10時、今日から1週間の治療がスタートした。
 キロサイド170mg/24時間を7日間、イダルビシンは20mg/30分を3日間。
 1回目の化学療法では期待する効果が出なかったので、今回は白血病に準じた方法で少し強い薬にしてみるという。白血球などもグンと下がるので、特に感染症に注意が必要。抗生剤を使用する予定。腰痛を訴えると、やはり今の病気が悪さをしているとのこと。


 2006年 7月13日 入院43日目  またしても窓際族になれず

 以前、テレビの音がうるさいですよ!と、ひと言いわせて貰ったとっちゃが、状態が悪くなったため、個室へ引っ越していった。
 ぽっかり空いた窓側のスペースを羨ましげに見つめながら、森岡ナースに「そこ、いいなぁ〜」と目で合図を送ったら「ごめんなさい、もう誰が来るのか決まっちゃったの。ほら、この前までココにいた笹原君よ」
 あぁ〜、彼が戻ってくるのかぁ。んじゃぁ、しょうがないな。移植後の話でも彼に聞くとするか。


 2006年 7月16日 入院46日目  副作用が出現

 投薬6日目。昼ごろから両足にかゆみが出る。特にアキレス腱がかゆくてかゆくてどうしようもない。しかし発疹らしきものは見当たらず、ナースに報告だけはしておいたが、夜になってついに出た。はしかのような小さなプツプツが足だけでなく腕にも出てきた。かゆみ止めの注射を打つ。

白血球 ヘモグロビン 血小板
1000個 8.2g 7.1万個

 2006年 7月19日 入院49日目  緊急手術

 近ごろ、CVカテーテルが詰まりを起こすトラブルに見舞われ、その都度、ナースの努力によってなんとか開通してきたが、今回は糸切れトラブルとなった。
 なんだか胸がチクチクと、トゲでも刺さったかのような痛さがあったので、高校時代は短距離スターだったという、看護師人生2年目の石坂ナースに診てもらった。
 「ああああ、切れてるわ、3ヶ所止めてるうちの2ヶ所が」
 「どうすんの?」
 「待って。先生の手が空いてるかどうか確認してからね」

 カテーテルの通りが悪くなっている事などを判断して、いっそのこと交換も考えられるが、出来れば、糸の縫い直しのみにしたいらしい。

 結果はやはり縫い直しだった。キューンとくる麻酔を胸に一発受けて、あとは何も感じず、約15分で終了。


 2006年 7月21日 入院51日目  最低の500、6.6、30

 2回目の治療が終わって3日目、白血球がかなり下がった。両手両足のかゆみの他に多少の下痢症状が起こったが、さほど体調が悪くもならず苦しくない。食欲不振はおろか、逆に食欲がありすぎるので、抑えて食べないと体重増加になってしまうのが悩みの種。体重コントロールは重要で、移植の際、体重に応じて骨髄液の量が決まる。運動不足と間食のために入院時より10キロも太ってしまった人がいるらしい。それにしても病院で肥えるとは普通じゃ考えられない。見舞いに来た人が驚くのではなかろうか?

白血球 ヘモグロビン 血小板
500個 6.6g 3.0万個
採血結果を知らせる用紙

 隣りの笹原君の頭に発疹(移植後のGVHD)が出て、非常にかゆいらしく、ストレスがかなり溜まっているようだ。彼は私の右隣のベッドだが、左隣の加藤さんのイビキがひどいため、しきりに物を叩いて止めさせようとする。
 ドンドン!!
 聞こえたかのように一時は鳴りやむが、それもつかの間、再び、ガーガー始まった。こればかりはどうしようもないと思うのだが、彼の怒りは収まらない。そのうち、彼と私を仕切っているカーテンを叩き始めた。
 バホッ!バホッ!
 おいおい、こっちに八つ当たりしてどうするよ。
 時々、不機嫌な表情でナースの手を煩わせる笹原君。あんまりダダこねるなよ〜。


 2006年 7月23日 入院53日目  土用の丑
白血球 ヘモグロビン 血小板
500個 7.2g 3.5万個

 過ごしやすかった病室も初夏の雰囲気となり、陽が良く射す我が病室はムンムンしてきた。
 今日は土用の丑。昼の病院食にウナ丼が出た。俗世間のようにはいかないと思ってただけに、なんか妙に感激。
 そういえば7月7日の七夕の日にはちょっとした御菓子とメッセージが書かれた用紙が付いてきて、普段、ブロッコリーばっかり出す栄養士を憎みつつあったが、今回の件で許してやろう(ごめんなさい、本心じゃありません)。
 この調子で11月1日は寿司の日だから、もしかしたらと思ったのだが、生ものを食べられない身分であることに気づき、どうでもよくなった。ジジツ、寿司の日には普通の病院食が出た。


 2006年 7月25日 入院55日目  新人さん、いらっしゃい
 昨日、ポッカリ空いていた真ん中のベッドが突然、埋まった。
 自分が入院してから3人目の患者がやってきた。前の2人は2週間ほどで退院可能な糖尿病患者だったのだが、今回は様子が違う。入院すること自体、本人にはとても不幸なので明るい表情の人はまずいないが、約2ヶ月に及ぶ入院生活で、この患者は血液疾患か、糖尿病かの判断が出来るようになった。血液だと直感したので、そっとしておいた。

 日が変わって、朝の挨拶がキッカケでその方と会話するチャンスが生まれた。
 堂本さん(50代中盤)。具合が悪いので、かかり付けの医者を尋ねたところ、大きい病院で精密検査を受けるよう言われて、受けてみたら白血病だと診断され、緊急入院する羽目になってしまったという。当人は全く寝耳に水で、診断そのものを受け入れられないといった感じだ。どっちにしろ、しばらくは同じ釜の飯を食う仲間になったんだから、わからないことがあればいつでも聞いてくださいとなった。

白血球 ヘモグロビン 血小板
800個 7.6g 3.2万個

 2006年 7月26日 入院56日目  マック使いはMDSになりやすい?
 どうも気になっている人がいた。
 洗面所で用が済んで自室に戻る時、他の部屋の様子が目に入るが、自分と同じパワーブックG4をテーブルの上に置いている人がいた。患者さんのほとんどはウィンドウズ。病棟には約60名ほどが入院しているが、その中の10名弱がパソコンを持ち込んでいるようだ。仲間をみつけた気分になり、親近感を持ってしまったのだ。部屋の入り口に掲げられているネームプレートを見ると「名良橋」と書いてある。

 その名良橋さん(40代)と今日、洗面所で一緒になったので思い切って声を掛けてみた。
 「あのぉ〜、名良橋さんですよね?」
 「ハイ、どうしました?」
 「いやぁ〜、あなたのパワーブックが目に入ったものでねぇ。15インチはさすがに画面が大きいですね」
 「ありがとうございます。おたくさんもPBですか」

 とまぁ、こんな会話に始まって、お互いの病気に話が及ぶと、なんと同じMDSで、入院時期も同じ6月で、いろいろと共通点が多いのが判明した。マック使いはMDSになりやすいのかな?などとウソともホントとも言えない冗談で盛り上がった。


 2006年 7月28日 入院58日目  でんろく豆と柿の種
 治療が終わってから11日目。白血球数、三ケタ台がずっと続いている。

 患者の間では白血球を増やすには「でんろく豆」を食べ、血小板を増やすには「柿の種」が良いという迷信があると笹原君から聞かされた。治療によってグンと下げられた白血球が回復する推移を患者も医者も目を凝らして見守る毎日が続くのだが、低い状況が続くと、神経質にならざるを得ない。
 そんな時にある人が冗談半分で試したところ、一部に効果が出たため、あとに続く者が出たらしい。全く根拠のない話で笑ってしまうが、ワラにもすがる気持ちでつい口にしたくなるのも理解できる。

白血球 ヘモグロビン 血小板
800個 7.6g 3.2万個

 洗髪時の抜け毛が気になり出した。シャワーすると排水口に束になって抜け落ちている。聞いてはいたが、やはりショックだ。黒髪が命の女性なら、なおさらだろう。
 2回目の治療を無事終えて、あまり体調も悪くならなかったため、良いほうに解釈して、自分は坊主頭にならないんじゃないか?と思っていた。でも、シャワーでなく、指で髪をすくっても抜けるのだから、いよいよ私の体の中には秋風が吹き始めたらしい。とほほ。

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